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2008
08.02

余市の思い出

余市にて


辛党のみなさまにも、楽しんでいただこうと、余市にも行きました。
いえ、行きたかったのです、
ウィスキーが、時をかけて眠っているその場所に。

改めて今、思うに、
ウィスキーって、ロマンティクな飲み物。
今どき、五年、十年、あるいはそれ以上かけて作る食べ物、飲み物を、
すぐに思い出すこと、できますか?

(今日は写真がたくさん。相手はウィスキーです、お時間があるときに、ゆっくりどうぞ。)


左から 五年 十年



さ、いきなりいきます。

左 五年 (樽につめられてから)
右 十年 (こちらのほうが、明らかにおいしそう!)

写真はありませんが、樽につめる前の液体は、なんと、無色透明。
いろいろな工程を経て、蒸留した液体だけの力では、
時間をかけたところで、
これだけの色は、つかないのでした・・・



オーク材


職人さんが、「ウィスキーのベッド」を、つくっていました。
ウィスキーを、ウィスキーと足らしめるには、
オーク材のポリフェノールと時間が不可欠。
手を、時をかけるには、理由があったんだと、しみじみ。



余市にて



この景色も、なんだかウィスキーのように、完璧と思えるのは、どうしてだろう?



きょうのおまけ



きょうのおまけ。
おいしいそうと書いておきながら、私は、ウィスキーを飲めません。
香りの強い、口の中がほわぁっとするようなお酒は、ほとんどだめです。
それは、香りの強いバラは、嫌いだ、なんていう
極めて矛盾したことを、言っているようで、
つくづく、(昔のように)飲めなくなって、よかったと、おもいます。

でも、試飲もできるというのに、
行かないというもの、もったいなく、
くやしいので、「ブランディーモナカ」。
何かが、決定的に、ふつうのモナカと、違うのですが、
それがよくわからない。
けど、すごくおいしかったですよ。


右は、今から約百年前、日本で初めてウィスキーを作った竹鶴政孝さんの奥さん、リタ夫人。
ウィスキー作りを勉強しに行った先で、
見つけたその人は、もちろんスコットランド出身。

どうして、ここにのせたかというと、
それは、書かなくても、いい気がするのだけど、
自分でも、ちょっと、ぎょっとしたのです。
「け、けっして、こ、こ、こんなに美人じゃないが・・・しかし・・・?」
と、何かを否定しきれず、この前から、逃げるように退散。
私のあとから、この写真を見た家族が、つかさず、
「ママだぁ!」
「そっくり、だね。」
その声が、
背中を刺すように痛かったです。
それは、リタ婦人が、貞女だったからですわ。


最初のウィスキーが熟成するまでの数年、
竹鶴さんが、何をして、しのいでいたかというと、
「りんごジュース」を作っていたそうです。
なので、最初は「大日本果汁株式会社」と名乗っていた会社は、
そこから「日」と「果」をとって、「ニッカ ウヰスキー」。
大好きな「シードル」が、この会社から出ているもの、すごく納得。






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コメント
おちゃめさんが、そう書くと
工房から来た人がみんな、
いよいよそうおもっちゃうよぉ。。。

コメント、ありがとうございます!

c_moondot 2008.08.02 17:43 | 編集
私も写真の下の文章を読む前に、写真だけで、思いましたよ。
「そっくりだ~!」
おちゃめdot 2008.08.02 13:59 | 編集
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