2017/06/19

若くなければ/めんどくさい/無意識

しょうぶ


今から15年ぐらい前、家のリフォームを当時はまだ珍しかった(らしい)「施主支給」でやりました。
メーカーの持ってくるリフォーム案が、何度直してもらっても、
高くなるだけ、私の理想の部屋はちっともできず、
「まったくもって、どうしてよー??」
と、いろいろな本や、ネット情報をかき集めた結果、そうなりました。

自分の思った通りになっていくのは、たいへん面白かったですが、その中で
「40過ぎて、家を建ててはいけない。」
と、主張する本に出合いました。
決めること、そのために見ること、考えることが多すぎて、若くなければ、とても無理だと。
若い私は、理解できませんでしたが、今なら激しく同意します。

カメラを決めるのに、HPを見に行ったり、作例を探したり、店に行ったり、カタログ集めたり・・・、果てしなくめんどくさく思えます。

上の写真は、去年撮ったものです。
旅行や風景なら、小さいカメラでもいいと思えるのですが、
やっぱり花は無理、絵が私の頭の中にありすぎる。
なので、今年は菖蒲園へ行こうとも思いません。

見た瞬間、深く考えないで、撮っているつもりでも、実はそうではないのです。
私の頭の中には、いろいろな「絵」があることに気が付きました。
写真ばかりでなく、ピアノを弾いているときにも、頭の中には(目をつむっていても)、
楽譜の絵、そのとき指が触れている鍵盤と指の絵などがあるらしく、
私の場合はかなり視覚優位。
これは人によってかなり違い、頭の中に鍵盤が出てこない人もいるようです。
そういう人は視覚より、聴覚優位なんだろうなー。

無意識の中にこそ、その人らしさが出るみたい、というか、
いろいろな訓練や鍛錬は、無意識との格闘かもしれません。

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