2014/12/24

祖父/畑と花/解釈 (2014 蔵出し16)

畑の花



祖父は、一人で管理するには狭すぎず、広すぎでもない畑で、季節の野菜を育てていました。
畑の余ったところ、はっしことか家のアプローチになる部分に花を植えていて、
大部分は、仏壇の花である小菊でしたが、ゆりやボタンも、なにかいろいろ少しづつありました。

引き出しの中はもちろん、
電話の横の鉛筆まで、毎朝位置を整えるとても神経質な人で、畑もその通り。
子供が畑を歩くとタイヘンなことになるはずで、
祖母によくとめられました。
私のことは放っておくのがよし!ということを、両親よりもわかっていた祖母は
絶対ダメ!とういう言い方は、しなかったので、私は行くのです、畑に。

畑の一角に花が咲いていると、祖父の畑を思い出します。
畑がいっぱいある土地では、別に珍しい景色ではないでしょう。
今住んでいる家から、だいぶ離れたところに、放置された広い畑があって、
残された花々が半ば自生するかのように、咲き誇っていました。
それが、カレンダーの10月の写真、数年前のものです。

久しぶりに行ってみると、畑は市民農園かなにか、細かく区切られて、人もちらほら。
あの雑多な花畑は少しだけ残っていました。(上の写真)
少々きれいになってしまいましたね。
裏の言葉はそんな感じで解釈してください。

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コメント

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Re: タイトルなし

今の私と同じぐらいのお年の方ですね。胸が痛みますね。
祖母が最近、私に言ったことは、
「40代がいちばん、いいわよ。」
それよりも前は、忙しいとか悩みがあるとかで、
それからの年は、身体がだんだんついていかなくなるそうです。
無念だったでしょうに、お写真を用意されるなんて。。。

> なかなか覚悟を決めるのは難しいですね>_<

「もしも」のことについて、自分のことも、人のことも、難しいですね。
いつまでも生きられるわけではないと、知っているのに。。。

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鍵コメさんへ


雑多な感じと必ず小菊っていうところが、商品ではない個人の畑って感じですよね。

祖母に、遺影を撮ってと頼まれたのですが、
人物を真正面から撮るのが苦手なのと、
祖母自身が気に入っているらしい友人に撮ってもらった写真が飾ってあって、
いかにも、それは私の記憶している祖母のイメージだったので、
あれでいいのでは?といってみたら、そうね、とあっさり納得してもらって
胸をなでおろしました。
私はまだ覚悟ができないみたいです。

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