氷食症

今日はちょっとお行儀のわるい話。
すごく小さい頃から、ずうぅーと、氷を食べるのが好きでした。
伯母に怒られたので、そうだったことをよくおぼえています。
真冬でも冷蔵庫から氷をつまみ、口へ。
家で作る氷より、ロックアイスのほうが、「おいしい」。
大きいのがのがちょっとね、求むひとくちサイズ!(ああ重症・・・)
お冷の氷、お酒に入っている氷も・・・、わかっているけど、どうしてもやめられない。
夏にフローズンカクテルのことを記事にしました、あれも、もともとはそういうことなのでしょう。
そういう女の人、近くにいませんか?
鉄のサプリメントをプレゼントしてあげましょう!
氷食症といって、体内の鉄の不足によっておきる一種の異常症なんだそうです。
このことを最近知って、
「あー、そういうことだったの!」
と、めずらしく大文字で書きたく、激しく納得しました。
とりあえず元気なのに、ヘモグロビン(だったか?)が通常の1/3〜1/2ぐらいしかない
ひどい貧血だった時は学校は休みがち、行っても体育の授業はずっと見学、遠足に行ってはいけないなどなど。これを読むとひよわそうな感じがしますが、
実際の私はとても頑丈(オット談、ふんっ!)
貧血の人は長生きするみたいだから、がっかりしないでと、
当時かかっていたお医者さんは言ってくれましたが、高校生に長生きの話はピンとこないぞ。
最近はそれほど氷を食べなくなりましたが、長生きはいいかも、と思うようになりました。
さくらかるた

よのなかに うれしきものは 思ふどち 花みてすぐす心なりけり (平 兼盛)
さくらかるた できました。
10人の歌聖に感謝しつつ、じぶんではことばをかかないのは、
苦しくなくてよろしい、胸をなでおろすような心地です。
去年、「さくらさくら」を作ったとき、思いかけず、いろいろな方から
よいお言葉をかけていただきました。
それがよい栄養になって、昨年のさくらの季節を迎えたようです。
こうしたいと思って、目指したところをびゅんっっと行き過ぎて、もう帰ってこないような、
からっぽな感じに、今のところとてもお気に入りです。
来年の今頃も、こうしてつくりたいと思いますが、不安です。
写真は40枚以上あります、お時間のあるとき、気の早いことですが「お花見」をどうぞ。
あ、「げっかんかちょうふうげつ」も更新しました。
こっちも長いです。
ウラ

ウラは、大事だなとおもう。
洋服の裏地はずいぶんおざなりだけど、和服のウラの世界はすごい。昔に比べたら、そっちで遊んでいる人は少なくなったかもしれないけど、そういう人にとっては裏は「ウラ」じゃなくて、すでにオモテ。
冬は、春から見ればウラかもしれないけれど、冬から見れば、春は結果、オモテにすぎないかもしれない。
ことばもどちらかというと、オモテな感じだけど、ウラのしっかりした人が発することばはすごい。オモテのひゃらひゃらしたものは、たよりなくて、めまぐるしくて、めんどう、タイクツ。やっぱりウラがしっかりしてないとね。
紅葉したもみじやさくらの葉はいつの間にか消えて、今あるのは、ベージュ色のかたくて大きな葉っぱ。
考えごとはつらつらと、ぐるぐると回るだけ、寒くても外に出るけど、
「ああ、さむっ!はやくかえろう・・。」
の毎日。
寒じめほうれんそう

「ちぢみほうれんそう」とも。
ふつうのほうれんそうにくらべて不恰好、すんなり束ねることができません。一見手が出しにくいようで、大きな八百屋でも、売れ残っているのを見かけます。
でもとてもおいしいの。甘い、柔らかい!!
アクもなく、下ゆでは不要かとおもいます。
このあと・・・
これまたおいしいじゃがいも「インカのめざめ」とともに、ホワイトソースであえてチーズ焼き。あつあつ、とろとろ、はふはふ、冬のごちそう。
冬の窓から

この冬は窓ガラスの結露にいつもにまして困ってます。
周囲をビルに囲まれているので、(私がマンションだと思っているこの家は、法律によると、「集合住宅」ではなくビルらしいのです。)
採光のためそうなったのだと思うのですが、やたらに窓が多いのです。
昨晩、家の中に雨が降ったのではないかぐらいの窓ガラスから外をみると、街灯や周囲のお店の明かり、車のバックランプが、ちょっとだけすてきなのでした。
「ワン!」

他の梅の木よりも、いちはやくいい感じになっていたこの木をバックに、老夫婦を撮りました。
名刺サイズと書いてもおかしくないようなカメラを手渡され、「ちいさーい!」と内心思っていたら、おばぁさんは私が首からさげているものを
「大きいですね。」
コンパクトカメラを長いこと使っていたけれど、カメラまかせは実に不安。頼まれるといつも不安。
液晶の中の四角の枠の色が変わって、「ピッ」。ピントがきたみたいなので、シャッターと押したら、
「ワン!」
シャッターの効果音はバラエティ豊かになったのね、驚きました。
くにゅくにゅ ぐにゅぐにゅ

くすのきで好きなところ、大きさ(高さ)が他の木とはケタ違いな感じと、本日のタイトルに与えた枝の曲がり具合。大きな木なのに、さくらよりも小さな葉をつけるもの、大雑把じゃなくて、いい感じ。この葉はあげはちょうの好物だそうです。キャベツ畑のモンシロチョウとは、どうりで違うのね・・・。
大きなくすのきは、わりによく見かけます。その根元は他の木や草花が植えられていることが多く、くすのきの幹はただの背景、その頭上にくすのきの宇宙があることを見落としがちなのだろうとおもいます。
最近もらったメールで、「森の人 花の人」の「くすのき」は、くすのき木の下で考えたことですか?と、すてきな質問をいただきました。そうだったら、いいねと思うわたしは、ことばはいつもあとからです。
上の写真のくすのきは、森の人 花の人で使ったのと、同じ木。好きなのでいつも行くと、撮ってしまいます。植えられている場所柄を考えると、これからも好きなだけ大きくなれそうで、ラッキー(場所はヒミツ)。
でも、自分を大きくすることは、ニンゲンの大人でも、可能。誰でも可能、くにゅくにゅ ぐにゅぐにゅ、おまじない。
二ヶ月
ろうばいのかおり

このろうばいにぎやかです。
今の時期、よく見かけるものは二種類、花の中心に赤茶の模様がある写真の「ろうばい」と、「そしんろうばい」。
「そしんろうばい」のほうがこころもち小さめ、中心まで純黄です。
(写真はこちらそしんろうばい)
そして香りがまったく違うような気がしました。
そしんろうばいは、砂糖を加熱したときの、綿菓子のような香り、心地よいのです。
ろうばいは、とても人工的な感じで、甘いとか心地よいとはちょっと書けない。
これが正しいことなのか、気温や体調によるものなのか、よくわからないです。
ヌードなゆず

お正月用に出回るゆずは立派です。
考えれば、春に花が咲いて約半年、台風の一つでも来ようものなら、
スリキズの一つもできそうなのに、「商品」として栽培され選ばれたものは、ぴかぴかに美しく、ふっくら大きい。日本の農家の人はえらいなぁと思うとき。
ゆずを手に入れると、ひらすら剥き刻みます、もう、なんでもぱらぱらといれてしまうのです。
ゆずを買っている私としては、もったいなくてお風呂に入れられません。
すっかりヌードになったゆずは絞って、昨年いただいたアメリカお土産、"local honey"(マサチューセッツ産ハチミツ)を加えて、お風呂上りの飲み物に。とてもおいしくて、まだ残っているゆずを、やっぱりせっせと剥くのでした。
初ねこ

今年はじめて撮ったねこさん。
初夢は子猫がたくさん生まれるびっくりうれしい夢でした。
私の写真のウデは、猫を撮ることで鍛えられてしまったところもあります。
ということで、ことしもよろしく、わるいねずみはやっつけてね。
トップバッター

クリスマスに福寿草の帯留めをいただきました。
普段にちょっとだけおめかしするための着物は持っておらず、
さらに装飾品に興味がないので、帯留めには縁がなく・・・。
秋に着た着物ははじめての小紋でしたので、チャンス!だったのですが、
カメラにカチカチとあたることを考えて、やめました。
これを贈ってくれた方は、季節を考えて選んでくださったと思うのですが、
誕生日がお正月な私としては、福寿草はどこか特別な存在、
これは神様からの贈り物に違いない!と思ったのでした。
着物は季節を先取りするものとはいえ、実際に福寿草が咲くのは、梅が満開になる頃。
花のトップバッター、実は日本水仙だよね、とおもったのでした。
探梅
はるのこえ

日本水仙が満開、枯れた風景にきりりと色を添えています。季節はそんなところなのだろうと思っていると、ふきのとう。
ふかふかの落ち葉の中から顔をのぞかせるとばかりに思っていたので、お正月から山道の岩場でのご対面にはびっくりです。この色は嬉しいな。
年末に、まんさくが寒そうに茶色の蕾から黄色い手を一つ出しているのを見かけ、ロウバイは甘い香りをすでにあちこちで漂わせて、もしかしたら梅も一つや二つ、近所で咲いているかも知れません。
おみくじ

おみくじ、占い、かなり好きかもしれません。
シンジツではないけれども、
人間の、けっこう必死な知恵を感じるときがあります。
それで、初詣のおみくじは必ずやってしまうのです。
おみくじに書いてある情報はかなり多い。いつひいても、全部ではないけど、
すこしはそうなのかもしれない、と思いあたることがあるのはなぜなのでしょう?
娘は「小吉」でしたが、書いてあることは「中吉」よりも「ススメ!ススメ!」的。
それって、どうしてよ?と思うのでした。
ごきげんをそこねた娘はママのとおみくじを交換しろ、というのですが、運勢までは・・・
あけましておめでとうございます

みなさんの今年の抱負はなんでしょう?
わたしはだらだらと本を読んだり、決意の「け」もないようなお正月。
それでもいつもは気にとめない仁王門で立ち止まったのは、うすうすとわかっているからなのかもしれません。
ぎゅっと握り締めて、すすみましょう。








