森の木陰 白い花

森の木陰 白い花
神さまが ひっそり生きよと お命じになったのか
にぎやかに群れることなく
ピアニッシモの音楽を奏でて
とわず かたらず
ゆるやかに
気がかりが 風に舞って 消えゆく午後
Ende vom Lied

タイトルはドイツ語、英語なら"End of Song"。
誰でも知っているシューマンといったら「トロイメライ」?
ちょっとかわいそうな気がする。ほかにもあるぞ!ってなんでムキに?
最近、めっきり空の写真を撮らなくなりました。
最初は空の空いているところへいくのが面倒だったのが理由だったように思うのですが、そのうち、しばらくはいいかなぁと。一時期はとても熱心だったのに、ここまでのその変化は、なにかのおわり。突然やってくるようなものではなくて、感覚で納得しうるどこか仕組まれた、あるいは計算されたかのような、話や歌のおわりのよう。
またいつか撮りたくなる日も来るはず。
いろいろな変化を恐れずに、撮ったり言葉をつらつらと、ずっと続くとよいと思うのでした。
メタセコイア

みずみずしいグリーンを目に、心に。
この木にあてられた漢字だけで、たいへん美しいものを想像させます、中国では「水杉」と。ほんとうにそのとおりでした。
初夏とこども

通りかがりに一枚撮らせてもらったこの子、よく男の子に間違えられる、ハズ。
ピンクの服を着てようが、スカートをはいていることなど、信じられないけど本当に全くおかまいなし、おばちゃん達は、髪の毛が薄いだけで、
「まぁ、かわいい男の子!」
と、声をかけてくる。母親はその多さにうんざりして、時々訂正しなかったり・・・。
そんな「女の子」だった娘も、今では本人が暑くていやになるほどの、髪の多さです。
三日月の夜

※ これは実生活での、午後十時の電話。
「あたまが四角いっていうか、杓子定規というか・・・」
「うんうん、もう何を言ってもだめだ・・・と思った。人を信じてないね。」
「はいはい、っていうしかなかったよねー。自分が思っていることと、言っていることがまったく反対で、気分悪かったッ!」
「あのさぁ・・・よい流れとか、空気とか、よいものって、伝染するとおもんだよね。微々たる物だろうけど、今回はそれでいいわけで・・・」
「・・・・、そう!そう!!そういう風にしたかった!」
電話の相手とは付き合いが浅く、それほど親しかったわけではないのですが、最初にあった時からウマが合いそうだと思っていたので、いつのまにかまったく「素」で、「よいものは・・」とか言ってしまってから、「はっ!」。
でも、すぐに返事が返ってきてよかった、ホッの夜。
今月は二回目の満月「ブルームーン」を迎えるようですね。
はす

雨がまるで降りませんね。雨が降ったら出かけようと思ったところがたくさんあったのに、これだけ暑いと、あじさいもしょうぶも疲れてしまうでしょう。
はすのつぼみを見つけました。いよいよ夏だ、という気がますますしました。

おおきい ちいさい つよい よわい・・・
世界中のいろいろなカナシミをあつめる日
年に一度の回収日だったとしても
誰もが無条件に迎えることが出来る
安らかな一日
それがないのは
行き場所がないわけではなくて
捨てるようなものではないから
涙を捨てず
ブルーを拾って グレーを混ぜる
この世の静かな鏡
あじさい 2

今、葉だけがこんもり茂るあじさいを見かけたら、「飼い主」が剪定時期を間違った、今年の花を摘んでしまったということ。
咲く力があるのに、しかるべきときに咲く機会が与えられないのは、悲しい。
相手を理解するということを、そういうことから考えるといいかもしれない、・・・。
夏

昨日は、もう夏だ・・・というような日でした。
一日中、外にいたいような気分でしたが、「あれ」も「それ」もあったので、早々に家に帰りました。帰ったわりには、あれもそれもしなかったりする、気の抜けたような日々。
オーギュスト ルノアール

ルノアールの描く女の人の肌は、確かにそこにある感じ、がします。ぽってりと柔らかくなめらか。水着のえびちゃんのポスターよりはるかに、リアル。
同じことをマリーローランサンにあてはめると、絵と自分のピントがあった時、肌の感触がふっと立ち上るのですが、ふっと消えます。消えたものは追いかけられず、それにはもう一度絵を確かめる必要があって、なんだか官能的。
わりに派手な色なので、ちょっとびっくりですが、対象が絵の中の女性だなと思えば、どこか母性的な気もしてきます。
「ぐるぐるまきまき」のバラによくある一輪一輪が大きな花ではなく、あくまで上品。メイアンの苦心の傑作かも。
お天気

天気が安定しない時期になってきました。
家事をきりもりする方は、何日か先の天気をよんで、お洗濯だの、買い物などなさっているかと思います。もちろん私もそうなのですが、
「今日(明日)は、あそこのあれを撮りにいくのがよさそう。」
と、いうことが加わります。撮りに行くのがそうやって自由になるのはこの上ないシアワセ。
もうちょっと長期的なお天気のことを考えたりすることもあります。昨年末、結構忙しかったのですが、それは
「この先、よくわからないけど、どうしようもなくヒマになる。」
という予感に支えられて、雨がしばらく続くから、今のうちにどさっと洗濯をしておこうみたいなところで、忙しいのを真正面から受け入れていました。ヒマになるから、あれはあとでいいかっ、というやりかたもあったはずです・・・。
ふと昨日、思い出したのですが、肩の怪我をしたと書いてくださったコメントのお返事に、私はしっかり書いてました・・・わたしもそういう怪我をしそうですと、去年の年末。確かにそう思って、そう書きました。それからどうなったかはもう、みなさんの知りうるところ。
さて、これからの私の長期予報ですが、上の写真のような感じ。レンズが曇っていることに気がつかずに撮ったもの。これはこれで、いいか・・・。
花菖蒲 2

自分で自分のことを、
「恐ろしい・・・。」
と思ったことはありますか?
なんでもいのです、自分で自分にはっとはせられる状態。
そういうことで、よくもわるくも、まわっていくのでしょう。
私の写真は花からはじまったのですが、また花にかえってきたような最近。
花菖蒲

特に好きなわけでもないのに、なぜか毎年行ってしまう菖蒲園。
たとえるなら、まじめでとても礼儀正しい人。背筋のまっすぐ感が、やっぱりすきなんだとおもう・・・。
休符

休符を聴くという訓練(あるいは練習か?)をやったことはありますか?
片手でこれをやると、とくにむずかしくなるように思います。
これをやっているとき、先生は言いました。
「今のは、数えてた。」
「今のは、(長さが)足りない。(あるいは長すぎる)」
「準備が足りてない。」
「・・・・」
あじさい

十代の半ばから後半の女の子には、独特の雰囲気があるような気がします。そんな女の子達から、ずいぶん慕われた時期がありました。
数学なんてできなくて、いいよ。かわいいから許す!という「時間給のにわか先生」だった時。
数学という思想というか哲学が、いつまでも(!)役立つ人生を送る人は、ほんのひとにぎり。高得点を狙うより、いかに「1」また「赤点」とらないとか、そっちの対策のほうが得意・・・っていうか、数学で高得点を取ってくる子は、もう私のすることはあまりなかったのでした。
大して年齢も違わないくせに、そんなことを考えていたことを思い出しながら撮ったアジサイ。さわやかで、どこか甘い風をこちらに送ってくれるような女の子たち・・・。
すいれんときんぎょ

玄関にマティスの「金魚」(のジグソーパズル、色の再現がホンモノに一番近かったから。)がかけてあります。目のさめるような新鮮さだけど、調和もしていて、永遠に年をとらないような絵。
けれども金魚の顔がほんとうにこんなのだっか?と。
でも画家の目は正しかった!
「鯉口」っていう言葉があるとおもうのですが、金魚もぱっくりお口を開けて、ぱくぱくしていました。わたしは後ろ姿だけにします。
フランソワー ジュランビル

季節の花が咲く公園などで、写真を撮っていると、車椅子から花を見ている方を見かけることがあります。もうご自分では自由にならない外出の機会を、しみじみと味わっている様子がうかがえます。
そういうおばあさんが、このバラを
「しだれ桜みたいね、きれいねー。」
まいったな。私はあと三十年しても、バラをバラとしてしか、見ない。
あのおばあさん、写真やらないかなー。この写真はおばあさんのおかげ。
かもあかちゃん

あかちゃんはなんでもかわいい。
おかーさんは、板のはしっこで休んでいました。それでも子供達への注意は向けられているようでした。もうぴったりぴったりの時期でもないのでしょう。
赤と白

写真と全然のないことですが、コンタクトレンズって、すごいですね。あらゆるものがはっきり大きくみえるのです。このブログの字がでっか!と思ったし、自分の写真が、138%増ぐらい、キレイでシャープにみえました。以前は常用していたのですが、ながいことやめていました。
でも、です。
娘が大問題をふっかけました。
「ママ、めがねのほうが、かわいこちゃん♪」
男の子なら、言わないよ、気を遣って。いやだな、ムスメ。
でも、そのとき異様に疲れていて、どう考えても「かわいこちゃん♪」ではあるまい、よろしい!
ビンタはしませんでした。(おー、こわ。)
(追加更新しました)
雨のバラ園と・・・

ブラック ティ
五月の最後の日、バラ園のバラたちが私を呼んでいました。
このブログの読者の年齢層はかなり広いぞ、と感じているのですが、よい子のみなさま、今日は大人のお話ですからね。
なんだか、久しぶりに会う気のする「ブラックティ」の前で撮っていると、近くから、
「んー、バラのか・お・り!」
「どれどれ。」
「・・・(クスクス)。」
「そーかな?」
「えぇ!」
「そーかな?」
しばらく香りを吟味しているようでした。
「バラの石鹸のかおり。」
「そうか?」
「(クスクス)」・・・・
平日の雨の日に傘をさして、夫婦でバラ園。いいねぇ、まったく!辺りにただようばらの香りが一層強く感じられます。
(注 そう思っても、わたしはそういうことをしたくなく・・・、相手を選ぶぞ、相手を。たとえば「G・クルーニーとバラ園」って、いくらかなぁ?)
声から40〜50代とわかるのですが、あの睦み方はどんなに仲良くても、若くてはありえない。ブラックティだよ、ブラックティ。神様はなんていう暗号を送っているんだろう!
ちらっとみると、傘をさしているので、よくわかりませんでしたが、さっぱりした服装から、バラをご自分で栽培している人だな、と思いました。ロザリアンのアンテナ。
処方箋

神様
「甘い宝石と苦い宝石を用意したから、見つけてくるがよろしい。
『順番に』 が理想だが、そうはいかないだろう。
それは私にもどうにもできない。
手にする数が増えるほど、甘く、苦くなるが、
間違いなく『両方』 用意した。」














