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2018/09/20

眠っていたピアノ

ピアノ


いろいろなピアノを弾いたり、聞いたりしているうちに、
カワイのピアノのほうが、私は好きなんだろうなぁと・・・。(えっ、何と比較して?)
でも、状態の良いカワイのピアノに私が出会うことはありませんでした。

このピアノは、ヤマハ系の音楽教室になぜかあったカワイのピアノ。
これこそ、待ちに待った状態のよいカワイ、イマイチ好きじゃないベビーグランドですが、
まろやかで、柔らかく、落ち着いた音。想像したとおり、欲しくなりました。

写真をよーくみれば、弦は黒ずんで、中はホコリ、カビが。
アクションは柔らかめで、ハンマーを見るとフェルトがやけに白く、弦の跡の溝が、浅い。
ここだけ交換したようでした。今までどこかで眠っていたのでしょうか?

次はシゲルカワイでも弾きに行くかぁと思うのですが、
思い浮かぶのは、浜松駅に置いてある、誰でも弾けるらしいシゲルカワイ。
でも、それはある意味「肝だめし」で、
自分の心臓とよーく相談した上、猛練習しないと無理だなぁ・・・。

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2018/09/04

違和感が消えた時

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こんな記事を、昔、書きましたけど、もう、成人式の心配をする年頃になりました。

まだ、二年あるのですけど、説得するのに、二年かかりました。
この二年間、「成人式には着物を着なーいっ。」

最近になって、こんな感じなら・・・と譲歩してきましたが、
そういう振袖は、すぐには探せないかも・・・。
私が長年思っていたことでもあったので、深く納得しましたけど・・・。

まず、この辺じゃなくて、簡単に言ってしまうと「産地」から直接カタログを集めることにしました。
着物は伝統工芸ですから、陶器のように、産地と技法があって、それがそれぞれに特徴を生みます。
京友禅、加賀友禅、江戸小紋という具合に、土地の名前がついてます。
そして、展示会に行ってみることにしました、買うためじゃなくて、自分の想像を確かめるために!
(展示会で着物を買うと、いつもよりお高くなっている事が多いですから、やめときましょう。)

受付で名前を言うと、着物のよく似合う柔和な男性が出てきて、
カタログを取り寄せるときに、私が書いたことをいきなり言われて、
「あれは、インクジェットですよ。」
はっ?
はぁ?
もしかして、プリンターのことですか?
(注 紙への印刷物の話ではないです。)


型から染めた友禅を見て、「着物っていうのは、これよ、これ。」
手書きの友禅を見て、「ああ、なんて優しい感じ
それからいろいろな技法のお話を聞いて、美しい着物をたくさん見て、
私は晴れ晴れしていきました。

2018/08/29

名札と努力

ジュードオブスキュア


歯医者のソファーに腰を掛けて、流れているこの曲は
「モーツアルトのなんか。」
だと思ったら、
ピアノとチェロの重い低音がズンと登場して、
「これはブラームス!」。

偉大な作曲家は、作中に「名札」がついている。
ブラームスの場合は低音部にそれがついているみたいで、
メロディだけ聞くと、モーツアルトにも。

低音部に名札が付いているのは、ポールもかな?とも思う。
ある時、右手、左手をそれぞれ練習していたら、
「今、バッハの練習をしている時みたいだった。。。」
そんな複雑なことはしてないけど、
細かい音符の跳ねるメロディーに、ベース音が絡まっている。

ある時、クラッシク音楽を勉強して、オーケストラも作って、
私はきいたことがないけど、その「お勉強」の成果が、どんなものかは気がついているつもり。
洗練はされずに(そうすると、単なるクラッシクだからね)、
荒くてカッコイイまま、なんとも壮大な展開な曲がたまにあって、
わたしは、ポカンとして、エンドレスで聞きながら、
才能と努力の相関関係について、最終的には努力しかないことにハッと気付かされるのでした・・・。

写真は真夏に咲かせてしまった「日陰者のジュード」さん。

2018/08/18

夏休み

キョウチクトウ



すばらしい英語の先生がいる。
去年は産休だった。
が、代わりに来た先生がひどかった。

去年の奇跡は、全くの、先生個人の資質だったのね!と気づいた私は、
辞めそうな噂も出てきたこともあり、何かのついでの時、
おそるおそる担任の先生に、その先生の復活を願いでた。
辞めるにしても、先生のキャリアをここでおしまいにするのは、
もったいないという声を、ちょっとでもお伝えしたくて・・・。

そのすぐあとに、生徒からもお願いがあったらしく、先生は復活。
娘の英語の予習はまた大変になった(ヨシヨシ)。

数学の先生は(も)「おやおや?」だっだ。
数学の方法だけを勉強した人が教えると、こうなるのかもしれない。
だけど、数学の先生はナント!私の後輩らしく、文句を言いたいところだけど、ガマンした。
先輩は頑張って夜起きたり、LINEでやってきた質問に、数式の画像を送ったり・・・。

成績もぼちぼち上がってきたので、この夏、私のやることはお弁当作りぐらいになりました。
今年はどこにもいけないですが、来年は海と山の両方に行こっと!

2018/07/27

Three or four

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今日のタイトルは、先生と面談する人の数。
三者面談をするのは、中学三年ぐらいからで、高校は学校によって違うかな?
娘の通う学校は、一年に一度三者面談があって、今年は、三回やるそうですよ
で、一部に「四者面談」なるものがあることを聞きました。

それはどういうメンバーかというと、「先生、生徒、おとーさん、おかーさん」。
昔、中学受験するご家庭で、塾の先生と面談するのに、
突如、おとーさんが乱入という話を思い出しました。
受験も2,3ヶ月前になった時期ですから、もうそれは「乱入」だそうで、
お父さんは知らないこと、納得出来ないことを、全部ぶちまけて、
先生と面談というより、家族会議になったそうです。

娘のクラスの「四者面談」の中には、
ご両親のどちらかが外国の方で、日本語がうまくないので、というご家庭もあるけれども、
そうではないところもあって、一年生のうちから、「四者面談」だったそう。

やっぱり、先生と「理想的な面談」にはならないそうで、実質「家族会議」。
先生の存在がすごく小さいよーと、観察者の視線で友達に漏らしているそうです。

で、この間、私は三回面談のうちの第一回目でした。
終わり近くになって、話が雑談ぽくまとめられつつあるとき、
「受験は、本人がするものですから、本人の熱意が大事。僕やご両親がいくら・・・」
とおっしゃったとき、四者面談の先生の憂鬱がちょっと頭をかすめたのでした。

2018/07/19

ショパンと雨女

ダム


しばらくは、譜読みしなくてもいいかなと思っていたら、
先生に新曲を選んできてと言われました。
「雨だれ」を選んだのは、ラクをしようという魂胆が明らかだろう・・・自分でと思いつつ、
暑すぎたこの半月、雨が降らないかなーと思っていたから。

「雨だれ」では中間部、かなり深刻に、長い間降っている感じです。
有名な最初の変ニ長調のところよりも、この暗い中間部のほうが私は好きなのです。
譜読みをやり始めて、一週間、
南の方から台風が・・・。

写真は、2年ぐらい前のダム。
撮ったとき、ここによく来るという地元の人が
「ここまで底が見えたことはない。」
とおっしゃっていました。
ダムのコンクリートの壁と木々のグリーンの線がはっきりとして、
いつもは水がそこまではあるという線ですね。
今年ぐらいは、もっとないかも?

2018/07/19

ひとりだとなまけもの/ワイルドで繊細な旅

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昔、旅行で、オジサマが車の運転を積極的にしなかった頃、
バスで現地を移動していました。

当時はスマホなどありませんから、山にいるときは、
バスの時刻、ルート、乗り場など、かなり入念に調べ上げて、計画を作りました。
結構めんどくさかったのを覚えていますが、やりきったのは、
同行者がいたからだろうなぁ。

今年は、一人でどこかにいこうと思っていたのですが、電車に乗る計画までは順調。
降りてから、「なにィ?バスがこんだけしかないの?」
そこで折れて、遠くには行ってません。
山の中だって、バスは朝に数本だったんですけど・・・。

ひとりだと、やることが小さくなっていくのは、
お出かけだけではなくて、衣食住にもあると思います。
他の動物も、そうなのだろうか?
いや、ヒトだけだな・・・。

本で旅に連れて行ってもらうことにしました。
クックズ・ツアー
最近、お亡くなりになった、アンソニー・ボーデインさんの食べる飲むたび。
牛を見ながら、ステーキはムリな、へなちょこのわたしには、読むのに忍耐がいります。
ワイルドなオトコの旅ですが、こんな繊細な感受性で、
ここまでハダカになれるおじさんは、日本には、いないなぁー。

2018/07/19

年表と思い込み

ガウラ


ドビュッシーイヤーですが、たぶんこのまま今年は何も弾かないかもと思うのは、
私とイマイチ相性が良くないからです。
ドビュッシーをスルーして、フォーレを弾いてました。

そしてある日、自分が頭の中に勝手に作ったらしい「間違い」に気が付きました。
古い人順に 「ドビュッシー、フォーレ、ラヴェル」じゃなくて、
「フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル」でした。
フォーレとドビュッシーは、20ぐらい年は違っていて、ラヴェルの先生はフォーレです。

今まで、フォーレは聴いても、ピンとこなくて(=よくわからなくて)・・・,
それで勝手に現代に近い方に分類していたようです。
でも、年代の間違いをおさえた上で、フォーレを弾くと、古いことがすぐにわかります。

「きょうは、いい天気です。」
がフォーレならば、ドビュッシーは
「カーテン越しの白い光 暖かい空気 いい気分。」
となるでしょうか。

ただ、フォーレにはどこに行くか、わからないような浮遊感が少し感じがあります。
ドビュッシーは詩かもしれません、何かが変化しながら、漂っています。
ピアノの詩人はショパンなんですが、
ショパンは「きょうは、いい天気です。」の人です。
形容詞が多くなりそうですが、流麗な文体といったところ。

改めて、作曲家の年表をじっくり見てみると、間違いはいくつかあって、
無意識の恐ろしさを、また見た気がしました。