2017/08/02

遅い

あじさい


私の写真歴のなかで、カメラがなかった今年の5月から6月は、「空白期間」でした。
何を、どんなふうに撮りたいのかが、明確にあるわけでもないので、
見たもの、知ったこと、思いついたことについて、イエス、ノーを繰り返していました。
変えたいな、ひろげたいなーと思っている割には、わたしはガンコでした。

それが終わって、山のあじさいの前に来たとき、
「遅かったじゃないか!」
と言われた気がしました。

やわらかい水色、ベイビーブルーですね。

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2016/04/22

いいかも。

つつじ


この日は、大きなカメラは持っていなかったのですが、
携帯で撮る人が多い中、小さくてもアテにあるのか、
何度か撮ってくださいと頼まれました。
まぁ、三脚を立てて、集中している人には頼みにくいです・・・。

神社の入り口にあたりで、一枚撮ったグループの人たちが、もう一回私のところにやってきて、
「さっきの、すごくきれいだったので、もう一回、ここでお願いします!」

うれしいですが、きれいに見えたのは、撮影者のせいではなく、
このお天気と、花と新緑が、まるで蛍光色の世界で、気分がハイになったせいです。
私ですら、きらいなつつじも、いいかも・・・と思いましたから。

2016/04/08

広告/小さい/暗い

さくら


少し前に、このブログをスマホで初めて見たのですが、広告がいっぱいでますね。
スマホで見る人がいるらしいことを知って、PCとは別にデザインを選んだのは数年前なのですが、
写真があんなに暗くみえるとは、ちょっとがっかりします。

同じものでも、小さいと暗く見えます。これは写真だけではなく、
数センチ程度の何かのサンプルを見るときにも、言えることです。

写真のギャラリーとなっているjimdoのほうは、広告は出ないみたいなので、
あちらでもブログをやろうと思えばできるので、
それを考えたほうがいいかもなーと、いまさら思うのでした。

2015/12/11

反芻する? (2015 蔵出し2)

@鹿児島


今年前半の写真も当然なくなったし、後半は写真を撮ってないので、
恒例の「蔵出し」もやめようかなと思いましたが、
「その5」ぐらいで終わるだろうけど、ブログを続けるなら、やろうと思いました。

冬の青森の写真はなく、でも書きたいので、強引にかるたを撮り
春の鹿児島は、コンパクトフラッシュに奇跡的に残っていました。
そういえば、コンパクトフラッシュは少なくともハードディスクよりかは優等生ですね。
あれで、中身がなくなったということが、十年以上、一度もありません。

十年以上の写真をなくして、すべて惜しかったというわけでもなく、
ないと思うとため息が出るのは、この数年の写真に限るようでした。
この数年の写真というのは、ブログに使っただけで、
たいして見もせず、ほったらかしにしてあったからでしょう。
「The 傑作」のような写真を撮るわけでも、出来に一喜一憂することもないので、
なにか作る時や、欲しいといわれたときに見るだけです。
それを私はものすごく楽しんでいたようです。
何をしているのでしょう?
思い出を反芻している?
この数年の写真に対して、それが足りなかったようで、
見たい時に一切がないというのは、今でも、ものすごく憂鬱になります。
写真は錦江湾。大隅半島のシルエットがきれいなので、桜島をわざと外して撮りました。

2015/12/01

2016カレンダー

(しばらくトップ記事は固定です。)
ここでお知らせしていますが、作成しません。ごめんなさい。
2015/11/02

やっぱり

ばら


ジュビレ・ドュ・プリンス・ドゥ・モナコ

数か月前から、私と娘が使う携帯が一つ、家にあるのです、ええ、家に置きっぱなしです。
時々、それで写真を撮ったりするのですが、
私には、
「え?」
「えっ???」
「えーーーー?」
「うそぉー!」
と思うだけでした。
カメラ代わりに携帯するのは夢だった、やっぱり写真はカメラで撮ろう、
何万枚も(!)写真はなくなったし、バラからやり直そうと思いました。

私が「うそー!」と思っている間に、娘がどんどん使い方を覚えて、
半年もすれば学校に持っていくにはちょうどよいと思いましたが、
許可制だったり、持って行っても、使ってはダメな学校が結構ありますね。

2015/10/09

2016カレンダーの件/ありがとうございました

カレンダー


2016年のカレンダーは、ごめんなさい、作りませんっていうか、作れないのです。
ここにも書いたのですが、
保険の意味で、二つの外付けHDに入れておいた写真が、
二つ同時に壊れることで、写真の一切がなくなりましたので、
作るのが大変むずかしくなりました。

どちらか一方壊れても、大丈夫なようにしてあったのに、
同時に壊れるのは、想定外でした。

三年ぐらい経つと、かなりの確率でどうにかなってしまう、
外付けHDを信用するのはもうやめて、Onedriveを1T分、すぐに確保しました。
結局、昔の写真で残っているのは、ブログとHPに移した分だけで、
ネット上にあるものなのです。
写真をなくなることを考えたら、一か月1000円ちょっとなど、私にとって安いものです

休むのは一年?ということですが、来年も作らないと思います。
これまでのつくり方は、限界を感じていたもの事実で、
別の方法で、皆さんに頒布できたらなと、
それが一体何なのか、探っていきたいと思います。

ご贔屓にしてくださるリピーターさんが、ほとんどなので、
とても心苦しいのですが、長いこと、ありがとうございました。
また、何らかの形でカレンダーをお目にかけられるよう、頑張りたいと思います。

2015/09/18

坊ちゃん/写真/外国

@茨城県


父から、面白い話を聞きました。
それは不謹慎かもしれませんが・・・。

話を聞いた場所は、病室。
検査のために入院した父とその付き添いの私。
担当医の先生を気に入っているらしく、
「いつもあそこにいるんだ、見たか?」
とか
「坊ちゃんみたいな人だよ。」
と。

坊ちゃんというのは、どういう人だろうと、私が想像するに、
「眼鏡をかけ、小柄で童顔の男の人。」

検査の結果を説明するために登場した先生は、
歌舞伎役者の海老蔵さんをマイルドにした感じの、丸刈りの人。
私の想像と違ったのは、父と娘の世代差ゆえだな、と思いました。

先生が、心臓の模型や写真などを使い、とても丁寧に説明をする中、
これが後天的なものか、先天的なものか、この検査ではわからないですと。
すると父が、突然、小学生の時の運動会の写真の話をしだしました。
私はその写真を見たことがなく、
父自身も数年前にその存在をふと思い出したようです。

皆が走っているのに、自分だけ座り込んでいる写真だそうです。
それで、ごく小さい頃にも、胸の痛みはあったけど、若いころはすっかり忘れてしまった。
中年になり、また痛みがはじまっても、思い出さなかった。
でも、痛みの瞬間を、まさにとらえた写真を見て、やっと先天的なものだと直感したそうです。

昭和20年代の前半に小学生だった人が、
当時の自分の写真を持っているなど、あまりないだろうなと思います。
私はエルンスト・ハースの写真が好きなので、
当時のアメリカの写真の世界のことは、何となくですが、わかります。
それとつながって、父が沖縄という外国にいたということを、改めて思い知りました。