いいかも。

2016.04.22.Fri.09:25
つつじ


この日は、大きなカメラは持っていなかったのですが、
携帯で撮る人が多い中、小さくてもアテにあるのか、
何度か撮ってくださいと頼まれました。
まぁ、三脚を立てて、集中している人には頼みにくいです・・・。

神社の入り口にあたりで、一枚撮ったグループの人たちが、もう一回私のところにやってきて、
「さっきの、すごくきれいだったので、もう一回、ここでお願いします!」

うれしいですが、きれいに見えたのは、撮影者のせいではなく、
このお天気と、花と新緑が、まるで蛍光色の世界で、気分がハイになったせいです。
私ですら、きらいなつつじも、いいかも・・・と思いましたから。

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広告/小さい/暗い

2016.04.08.Fri.11:14
さくら


少し前に、このブログをスマホで初めて見たのですが、広告がいっぱいでますね。
スマホで見る人がいるらしいことを知って、PCとは別にデザインを選んだのは数年前なのですが、
写真があんなに暗くみえるとは、ちょっとがっかりします。

同じものでも、小さいと暗く見えます。これは写真だけではなく、
数センチ程度の何かのサンプルを見るときにも、言えることです。

写真のギャラリーとなっているjimdoのほうは、広告は出ないみたいなので、
あちらでもブログをやろうと思えばできるので、
それを考えたほうがいいかもなーと、いまさら思うのでした。

反芻する? (2015 蔵出し2)

2015.12.11.Fri.10:50
@鹿児島


今年前半の写真も当然なくなったし、後半は写真を撮ってないので、
恒例の「蔵出し」もやめようかなと思いましたが、
「その5」ぐらいで終わるだろうけど、ブログを続けるなら、やろうと思いました。

冬の青森の写真はなく、でも書きたいので、強引にかるたを撮り
春の鹿児島は、コンパクトフラッシュに奇跡的に残っていました。
そういえば、コンパクトフラッシュは少なくともハードディスクよりかは優等生ですね。
あれで、中身がなくなったということが、十年以上、一度もありません。

十年以上の写真をなくして、すべて惜しかったというわけでもなく、
ないと思うとため息が出るのは、この数年の写真に限るようでした。
この数年の写真というのは、ブログに使っただけで、
たいして見もせず、ほったらかしにしてあったからでしょう。
「The 傑作」のような写真を撮るわけでも、出来に一喜一憂することもないので、
なにか作る時や、欲しいといわれたときに見るだけです。
それを私はものすごく楽しんでいたようです。
何をしているのでしょう?
思い出を反芻している?
この数年の写真に対して、それが足りなかったようで、
見たい時に一切がないというのは、今でも、ものすごく憂鬱になります。
写真は錦江湾。大隅半島のシルエットがきれいなので、桜島をわざと外して撮りました。

2016カレンダー

2015.12.01.Tue.09:30
(しばらくトップ記事は固定です。)
ここでお知らせしていますが、作成しません。ごめんなさい。

やっぱり

2015.11.02.Mon.13:33
ばら


ジュビレ・ドュ・プリンス・ドゥ・モナコ

数か月前から、私と娘が使う携帯が一つ、家にあるのです、ええ、家に置きっぱなしです。
時々、それで写真を撮ったりするのですが、
私には、
「え?」
「えっ???」
「えーーーー?」
「うそぉー!」
と思うだけでした。
カメラ代わりに携帯するのは夢だった、やっぱり写真はカメラで撮ろう、
何万枚も(!)写真はなくなったし、バラからやり直そうと思いました。

私が「うそー!」と思っている間に、娘がどんどん使い方を覚えて、
半年もすれば学校に持っていくにはちょうどよいと思いましたが、
許可制だったり、持って行っても、使ってはダメな学校が結構ありますね。

2016カレンダーの件/ありがとうございました

2015.10.09.Fri.09:08
カレンダー


2016年のカレンダーは、ごめんなさい、作りませんっていうか、作れないのです。
ここにも書いたのですが、
保険の意味で、二つの外付けHDに入れておいた写真が、
二つ同時に壊れることで、写真の一切がなくなりましたので、
作るのが大変むずかしくなりました。

どちらか一方壊れても、大丈夫なようにしてあったのに、
同時に壊れるのは、想定外でした。

三年ぐらい経つと、かなりの確率でどうにかなってしまう、
外付けHDを信用するのはもうやめて、Onedriveを1T分、すぐに確保しました。
結局、昔の写真で残っているのは、ブログとHPに移した分だけで、
ネット上にあるものなのです。
写真をなくなることを考えたら、一か月1000円ちょっとなど、私にとって安いものです

休むのは一年?ということですが、来年も作らないと思います。
これまでのつくり方は、限界を感じていたもの事実で、
別の方法で、皆さんに頒布できたらなと、
それが一体何なのか、探っていきたいと思います。

ご贔屓にしてくださるリピーターさんが、ほとんどなので、
とても心苦しいのですが、長いこと、ありがとうございました。
また、何らかの形でカレンダーをお目にかけられるよう、頑張りたいと思います。

坊ちゃん/写真/外国

2015.09.18.Fri.11:31
@茨城県


父から、面白い話を聞きました。
それは不謹慎かもしれませんが・・・。

話を聞いた場所は、病室。
検査のために入院した父とその付き添いの私。
担当医の先生を気に入っているらしく、
「いつもあそこにいるんだ、見たか?」
とか
「坊ちゃんみたいな人だよ。」
と。

坊ちゃんというのは、どういう人だろうと、私が想像するに、
「眼鏡をかけ、小柄で童顔の男の人。」

検査の結果を説明するために登場した先生は、
歌舞伎役者の海老蔵さんをマイルドにした感じの、丸刈りの人。
私の想像と違ったのは、父と娘の世代差ゆえだな、と思いました。

先生が、心臓の模型や写真などを使い、とても丁寧に説明をする中、
これが後天的なものか、先天的なものか、この検査ではわからないですと。
すると父が、突然、小学生の時の運動会の写真の話をしだしました。
私はその写真を見たことがなく、
父自身も数年前にその存在をふと思い出したようです。

皆が走っているのに、自分だけ座り込んでいる写真だそうです。
それで、ごく小さい頃にも、胸の痛みはあったけど、若いころはすっかり忘れてしまった。
中年になり、また痛みがはじまっても、思い出さなかった。
でも、痛みの瞬間を、まさにとらえた写真を見て、やっと先天的なものだと直感したそうです。

昭和20年代の前半に小学生だった人が、
当時の自分の写真を持っているなど、あまりないだろうなと思います。
私はエルンスト・ハースの写真が好きなので、
当時のアメリカの写真の世界のことは、何となくですが、わかります。
それとつながって、父が沖縄という外国にいたということを、改めて思い知りました。

何事も気分が大事

2015.08.02.Sun.15:27
@盛岡


怒涛の一週間を過ごし、復活したような、やっぱりダメなような。。。
(何度も見に来てくださった方、ごめんなさい!)

このブログの副タイトルは、1,2年前、検索用に作ったのですが、
「何事も気分が大事」です。

人が思うほど、たやすく気分を軽く扱ってはいけない、と思うので、
気分がよくないときに、「元気です」などと、絶対言えない私は、ある意味子どもです。
でも、自分を常に上機嫌に置いておくのは、易しいことではないと書いても、
みなさん、納得してくださると思うのですが・・・。

一切の写真がなくなりました。
もう、撮るのもやめようと、一日ぐらいは考えたのですが、
火事によって、自分の作品が消えた先人たちの話
(画家とか、書き溜めた源氏物語訳を消失した与謝野晶子の話)
などを思い出して、やけになることはないと思いながら、その翌日、旅に出かけました。
撮っているうちは、忘れているので、そうやっていくしかありませんね。

カレンダーは、かなりの確率で作らないと思いますが、
「あれなら、数字だけでもいい!」
という人もいるので、しばらく(苦しく)考えることにします。