2017/06/27

むらさきのほう

アガパンサス


こちらも咲きました。
紫のほうが、なにもかも大きいです。

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2017/06/21

祖先/不足/かしわばあじさい!

祖先かえりしたうずちゃん


なんとも中途半端なあじさいは、うずちゃんが祖先帰りしたものです。
少し丸まっているものが残っているでしょう?
うずあじさいは、普通のアジサイが変異したものが、そのまま品種になったものです。
栄養不足だとこのように、もとの形質にもどるらしいです。
そういえば、あじさいに肥料をやったことがないかも。。。

今年は家のアジサイが、みな濁ったピンクになったので、がっかりしています。
ピートモスをたくさん混ぜて、来年は真っ青にしてやろう・・・と思いつつ、
色はもうめんどくさいので、白にしよう、そうだ!かしわばあじさい!

2017/06/19

若くなければ/めんどくさい/無意識

しょうぶ


今から15年ぐらい前、家のリフォームを当時はまだ珍しかった(らしい)「施主施工」でやりました。
メーカーの持ってくるリフォーム案が、何度直してもらっても、
高くなるだけ、私の理想の部屋はちっともできず、
「まったくもって、どうしてよー??」
と、いろいろな本や、ネット情報をかき集めた結果、そうなりました。

自分の思った通りになっていくのは、たいへん面白かったですが、その中で
「40過ぎて、家を建ててはいけない。」
と、主張する本に出合いました。
決めること、そのために見ること、考えることが多すぎて、若くなければ、とても無理だと。
若い私は、理解できませんでしたが、今なら激しく同意します。

カメラを決めるのに、HPを見に行ったり、作例を探したり、店に行ったり、カタログ集めたり・・・、果てしなくめんどくさく思えます。

上の写真は、去年撮ったものです。
旅行や風景なら、小さいカメラでもいいと思えるのですが、
やっぱり花は無理、絵が私の頭の中にありすぎる。
なので、今年は菖蒲園へ行こうとも思いません。

見た瞬間、深く考えないで、撮っているつもりでも、実はそうではないのです。
私の頭の中には、いろいろな「絵」があることに気が付きました。
写真ばかりでなく、ピアノを弾いているときにも、頭の中には(目をつむっていても)、
楽譜の絵、そのとき指が触れている鍵盤と指の絵などがあるらしく、
私の場合はかなり視覚優位。
これは人によってかなり違い、頭の中に鍵盤が出てこない人もいるようです。
そういう人は視覚より、聴覚優位なんだろうなー。

無意識の中にこそ、その人らしさが出るみたい、というか、
いろいろな訓練や鍛錬は、無意識との格闘かもしれません。

2017/06/17

花首

あじさい


花屋さんのバラや菊を思い出していただくといいのですが、普通、花首は緑色です。
写真は他所のあじさいですが、家で栽培している私も、知らなかった姿でした。

2017/06/16

うみとあじさい

うみとあじさい


この時期に、海の見える場所に行くことも少ないし、あじさいは浜辺の植物でもないので、
このコラボは考えもしませんでした。
晴れた日ではないのが、私好みです。

2016/12/31

撮りたかったもの (2016 蔵出し8)

なにわいばら



写真を撮り始めて、あまり時間が経っていない頃、私が撮りたいと思った花でした。
当時、手にしていたカメラでは、到底ここまで届かず、白い花が小さく映るだけ。

それから十年以上経った今春、
この「なにわいばら」の前に立った時、
「今日は望遠を持っている・・・撮れる!」
と、その時のことを思い出しました。

望遠レンズを手に入れたのは、だいぶ前なのに、
この花の咲く春を何度か過ぎてしまいました。

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2016/07/26

蓮池より蓮畑

はす


蓮池もいいのですが、蓮畑(あれは田んぼなので、ハス田というべきかな?)へ、
行ってみたいなぁと、かなり前から思ってます。
食用のレンコンの花は白いものが多いみたいなので、いいなぁと。
場所の見当はついているのですが、個人の畑、ということになるので、
行っても、撮れるのかなーと思うところもあります。

2016/07/06

はす


6月にも受けたのですが、一挙に難しくなったので、やっぱり落ちたでしょう。
あとちょっとだと思うのですが。

で、勉強してる間に、「荷物」でおなじみの「荷」が、
もともとは「はす」を表す漢字だったことを知りました。
今では「蓮」のほうを使いますが、もともとは「荷」のようだったようです。
「荷物」と「はす」が関係するのは、はすが大きいことによるみたいです。

常用漢字の中には、たくさん使われた来たゆえか、
もともとの意味が薄れてしまったようなものが、かなりあるように思います。
1級にも常用漢字が出るのですが、そういうものがでるので、
知ってる!読める!やった!なんて、決して思ってはいけないのでした。