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2009
06.05

おばあさんの雨コート

雨コート



すっきりしない天気がだらだらと先月から続いています。
梅雨入り宣言なんて、以前ほど意味をもつものでもないのかもしれません、
お天気と大いにかかわりをもって生活している人たちには、
すでに梅雨時みたいなものでしょう。


車いすの生活をしているおばあさんから、訳あって、私のもとに雨コートが(頃よく)届きました。
雨コートというのは、着物が一揃えできたら、
次の着物や帯を手に入れる前に、持っておきたいものなのだろうと思います。

「ちょっとの雨なら、濡れていこう。」
とか、
「折りたたみ傘があるから、大丈夫。」
とは、いかないのが着物。

何年か前、友人の結婚式に出かけようと、着つけの先生にお願いしたら、その日は曇りの日。
先生は、雨コートを持っていない私に、押しつけるように貸してくださいました。
降られて用意がないのは、万事休す、ってことなのでしょうね。

そんなことがあっても、着る頻度が高くないわたしは、相変わらず持っていなかったので、
「ヤッター!!」
なのですが、いろいろなことを考えてしまいました・・・

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2009
04.29

紬の着物

きもの


ある朝、母からの電話。

「Yさんが、あなたに着物を、って。裄はどのくらだった?」

サイズを確認してから、と思っていたら、
びっくりすることに、その翌日、
配達のお兄さんが、重いですよというほどの箱が届いた、Yおばさんから。

Yおばさんは、洋裁の先生だった。
小さい頃のわたしの服も、そのわたしの娘の服だって、作ってくれた。
着物も大好きなのは、お母さんが、日常を着物で過ごした人だったからかも。
その人が、1,2度、遊んでくれた記憶も、また、一緒に撮った写真も、
着物姿。私のアルバムに残っている。


弟が呉服屋にいたころ、Yおばさんと、何度か、買い物をご一緒した。
私が、すべすべ、てろんとした着物に、うっとりしていると、
Yおばさんはいつも、暗い色の紬を買われていく。
そして、仕立ては、いつもお願いする方がいるようで、
ニコニコして、反物をお持ち帰り。


そんなことから、箱をあける前に、
柔らかい着物は、ないだろう、
ドキドキするような古い着物も、あるかも、
この到着の早さは、Yおばさん、この中の着物達と別れる(大)決心したんだろう。
サイズは直して、着つづけて!というメッセージだなと思った。

真ん中の、クリーム色に赤の麻の葉模様の紬、かわいいけど、
私が着るのには、もう遅いか、ぎりぎり・・・。
それとも、あと2,3年、若いつもりいる、という手も・・・^^;)

肩にかけると、足もとにのこっている丈が、自分の着物より少し短い感じ。
でも、おはしょりがなくなってしまうほどでもない。
衿の先のあたり、身頃に青いチャコペンシルのあと。
単衣なので、見えてしまうのだけど、針の運びは、プロの人のそれではなくて、
シロウトの、よたよた、これはおばさんの自作!
着物の直線は長いから、
洋裁の先生だって、シロウトだということを、暴いてしまう・・・。

あとの着物は、丈が足もとにたっぷり残っているので、
麻の葉の着物は、若い時に作られたんだろうな・・・・・・。
Yおばさんの来し方まで、しっかりのっているような着物たち。

柔らかい着物も、あった。
目の覚めるような鮮やかな紺地に、しつけがついたまま・・・。
でも、模様(に糊を置いたあと)の白い線がぬけてしまってぼけている、古いもの。
これは練習用かな?

どの着物も、裄だけ直せば、着れそうなのは、不思議な感じ。

学校から帰って来た娘は
「ママ、それ、どこにしまうの?」
「・・・・。」

しまう場所も、帯も、着ていく場所も、あんまりない、かもね。
いや、着る、着る、着るの!


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2008
12.30

メタセコイアの秋(2008 蔵出し19)

メタセコイアの秋


メタセコイアは杉の仲間で、和名は「曙杉」。
気持のいいくらい、まっすぐ伸びます。

まだまだやらなくちゃならないことは、いろいろあるような気がするけれども、
毎日、午後の一時間は、着付けの練習。
昨日、おはしょりが長いのである!ということに、やっと気がついて、
(20センチ近くあったもの。ふつうは、この半分もないくらいでしょ?)
腰ひもを2本にしたら、(着つけ初心者的に)ばっちりになりました。
それまでは、しわをのばしてタックを脇の寄せるなんて、処理しきれないほどに、
ぶくっと、もたついて、悩んでました。
元日は、晴天みたいだし、ばっちりかも。

この半分でも、ピアノもやればいいのに、とおもうのですけど、
来年の抱負、ですね。



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2008
12.28

朽ちる (2008 蔵出し17)

朽ちる


今年、着物屋さんに
「この長襦袢は、いまのサイズから考えると、身幅が広めですけど・・・」
と言われたとき、ちょっと自分が朽ちたような気がしたのです。
そうであることは、自分でわかっていたのですが、
ひとに言われると、しんみりします。

女の人の着物は、一生のうち、2,3回測り直すとどこかで読んだことがあるのですが、
その大きな節目のひとつは、
子供を持ってしばらくして、あるいはそのような年にさしかかったとき。

胸のあたりに細かい皺がたくさんよったその長襦袢は、
弟がまだ呉服店にいたころ、
わたしの結婚のお祝いに揃えてくれたものの一つで、
それらはここぞというとき、とても活躍してくれたのでした。

それから十年、
憧れて入った世界に、彼はもういなくて、
弟思いの姉が(ほんとうに?)、ボーナスはたいて買った「一張羅」も、
「まだ着たいけど、若すぎるかも・・・。」


あともう一つ、自分のサイズを考える時期として、
「おばあさんになったとき」
というのが、あるんですよ。
その時は、今より太って、福々しいおばあちゃんになっていたいなと、おもうのですけど・・・。



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